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jibun09の日記

「今見えているものはこう」というのを書きとめておける場所として、置いておこうと思います。

4月25日

二日酔いの後遺症で食欲が喪失している。ようやくこの数時間で持ち直してきたのだけれど、以前に比べて明らかに回復が遅くなってきている気がする。これが年齢というものなのか…。

ここのところ外食が続いていてずっと飲んでいた。学生時代の友人、職場の同僚、あとは観たいアーティストがいたので夜通しのクラブイベントに行って、翌日昼間は寝倒して夜に飲みに行き、その翌日は結婚式だった。昼から披露宴があり、二次会までの時間で仲間内だけで少し飲んで、夜もまた飲んだ。こういう調子だったから、そもそもオールナイトイベントを挟んでいる時点で結果は見えていたようなもので、やはり体調にガタがきている。たまたま今週は振り替え休日があったりして少し持ち直せそうなので、大人しくしておこうかと思っている。

結婚式で久々に会う男友達はびっくりするくらい恰幅がよくなっていて、良さそうなスーツを着て去年に息子が生まれている。スマホのホーム画面は嫁さんと息子のツーショットで、どうみてもいいパパだよなあと思う。彼と話していると、懐かしさに混じって、どうしてもどこか負けている感みたいなものがよぎるのを感じる。僕はすぐに結婚したいと思っているわけではないし子供がほしいという気も今のところしないのだけれど、でもそういう「人生のイベント」みたいなものを着実にこなしていく、みたいなことへの憧れもあるのだろうなあと思う。自分の場合は順調にそれをこなしていたのは大学受験までくらいで、就職の時点でちょっと人と違う道に進んだりしたので「自分にもできるんじゃないか」みたいなことも思ったりする。けれどまあ、他人と自分を比べてもっとこうしたほうが幸せなのではないか、みたいな考え方をして行動してもあまりよい結果を招くような気がしないので何をするというわけでもないのだけれど。

ネットだけ見ている感じと、テレビつけた時の感じではなんだか世の中の物々しさがちょっと違うような気がする。今日は朝からテレビはミサイルミサイルと言っていて、結局何もなかったわけなのだけれど、とりあえず今日も終わろうとしている。

とにかく食欲を喪失気味なので今日はインスタントのしじみ味噌汁と、塩と胡麻油をかけた豆腐が夕食だった。Twitterで「ハーゲンダッツのほうじ茶ラテが美味い」というのを見つけたので衝動買いして、胃に悪いかなと思いながら食べた。二日酔い明けでエネルギーが出ないのは、きっと日中の活動に対してあんまり食べれてないからだろうと思う。早く白米とか揚げ物とか食べたい。美味しいものを美味しく食べられるのって幸せだよなあとつくづく思う。

4月16日

今日は毛布を洗濯した。「柔軟剤を入れたほうがいい」とどこかで読んだけれどうちに柔軟剤はない。買いに行く気にもならなかったので、もし何かまずいことになっても大した問題ではないと思いそのまま洗う。案の定、仕上がりはぜんぜん問題なく洗剤だけでふわふわに洗えた。ロープを張って干して、その間に衣類などの洗濯も済ませる。もう着ないだろうと思われるユニクロのニットを手洗いして洗濯機で脱水、窓際に干す。

洗濯の合間に、ドラゴンボールを見ながら昨日の炊き込み御飯の残りで作ったおにぎりと味噌汁の残りを朝ごはんに食べる。「ドラゴンボール超」は最近までぜんぜん見ていなくて(テレビもなかったし)、けれど去年の末に大学の同期がおもしろいと言っていたので3週前くらいからちょくちょく見ている。監修に鳥山明が関わっているだけあって、過去のストーリーへのリスペクトや関連が感じられて良い。今日はデンデがウーブの存在をほのめかしていたし、そういえば過去作では17号と悟空は対面していないんだと気がついた。小さい頃からの原作のファンとしては、見ていて嬉しい。以前、荒木飛呂彦が「主人公が無限に強くなっていく構造はおかしい」みたいな趣旨のことを発言していた記事があって、これは明らかにドラゴンボールの戦闘力インフレを彷彿とさせる。けれどこの作品は宇宙規模の武道会に戦闘力では到底及ばない地球人のクリリンが参加する正当性みたいなことをちゃんと描いていて、いいなと思う。

冬物のコートをクリーニングに出してスーパーでティシュとトイレットペーパーとマスクを買って一度家に戻る。今日は気温も高くて気持ちいいけれど花粉がきつい。洗濯などが落ち着いたので、外に出ようと思う。前から鴨川を北上していくとどんな景色に突き当たるのかが気になっていて、今日がそれをする日だと思う。自転車に乗って川沿いを北上していく。

桜はほとんどが葉桜になりつつあるのだけれど、まだ桜を楽しめるお祭り感みたいなもので河原は溢れている。親子連れや、大学生グループや、年齢層の妙に幅広い集団や、いろんな人がシートを広げて笑ってごろごろしている。いいなあ、こういうザ・お花見みたいなことを今年はしなかったなあと思いつつ、けれど自分が人を集めるといったことはあまり得意ではないことに気がついて妙に納得する。学生のころはサークルのリーダー的な立ち位置だったこともあって、「他にやる人がいないから」という感覚で幹事や人集めとかをやっていたけれど、今思えば別に好きなわけではなかった。年齢を重ねるにつれて集まりには呼ばれたら行く、呼ばれても行かないこともあって、自分から声をかけたりするのは大抵が1対1で飲みに行くとか、そういう感じだ。別に好きでもないのにやっていたことがわかるのは、ちょっと寂しい気もするけれど気が楽になる。

川を北上していくと、踏み入れたことのないエリアに入る。自転車道は少し狭くなって、いわゆる「鴨川」然とした風景というよりは一般的な川の風景に近くなる。つまり土手が狭くなって、舗装が荒くなって、人が減る。目に入ったコンビニでトイレを借りる。昼食をとる場所を探そうかと思うけれどすでに何軒か通り過ぎたようで、とりあえずさらに北上する。しばらく行くとある橋の部分で河原の道は途切れていて、車道に上がらざるを得なくなる。ここまで来るともう「鴨川を北上する」という感じはなくなってきて、けれどなんとなくさらに進む。ほぼ「山道」といっていい風景に入って行って、ちょうど分かれ道が見えたのでここで引き返そうかと思う。googleマップを開くと右に曲がれば大回りして知っている道に出るようなので、そのルートを選択する。

すれ違う自転車は、皆本気のサイクリングの人たちばかりだ。つまりヘルメットをしてスポーツ素材の服を着ている。ぼくは古着のシャツにチノパンにニット帽だ。場違い感がすごい。上り坂を越えて長い坂を下り、住宅地に入ってきたところでなんだか満足してしまった。もう第一の欲求としては空腹を満たすことで、けれどなかなか適当な場所が見つからず、しばらく走った挙句マクドナルドに入ることにする。「手頃な定食屋なんかがあれば最高なのだが」という想像は現実にはならず、チェーン店の手堅さのお世話になる。

来週末にいくライブの予習をしたいのだけれどCDはレンタルにもなく、ブックオフにもない。梅田のTSUTAYAなら在庫があるらしいが今からいくのは面倒だ、と思いタワレコでいっそ買ってしまおうかとも思うけれど、よくよく考えると今欲しているのはとりあえず帰って休むことなので家に帰る。足が相当疲れていて、ストレッチしてしばらく横になってようやく回復した。

マストドンが話題になっているらしく、さっき登録してみたがサーバーの負荷が高いのかうまくログインできない。せっかく新しいサービスだから、このブログをひも付けてみるとおもしろいかもなあなどと考えていたら、部屋は真っ暗になっていた。

4月15日

昨日は人と会ってインドカレー屋に行った。ナンが美味しくて行ったのだけれど2人で2枚頼んだらやはり量が多くて胃がもたれてしまった。思っていたより早めに解散したので、近所のアイリッシュパブでバスペールエールを3/4パイントだけ頼んでだらだらと飲む。けれど胃の調子がよくなく、結局少し残して帰ってきた。

そのままシャワーも浴びずに寝たのだけれど4時頃に目が覚めて、眠れないのでテレビをつけると映画の『ピンポン』がやっている。ずいぶん前に見た気がして「この星の一等賞になりたいの卓球でおれは」という窪塚のセリフを思い出した。けれど改めて見るとあれ、こんな映画だったかなと思う。たぶん前に映画を見たあとに原作を読んで、原作のスピード感が映像よりもよほど映像的で、あの感じがないからちょっと物足りなかったのだと思う。まあ15分くらいしか見ていないのだけれど。スーパーカーの主題歌を聞いてテレビを消した。

夜中の妙な時間に起きてしまったので、昼ごろまで二度寝三度寝を繰り返しながら布団の中でスマホをいじっていた。窓の向こうから雨に濡れたアスファルトを走る車の音が聞こえる。アプリで予報を見ると午前中は雨。この土日は予定もなく、晴れると思っていたのでどこか行こうかとか考えたけれど、もういいやという気分になってそのまま布団に潜る。

二日酔いの翌日はうどん、という習慣があるのだけれどこの日は二日酔いというほどでもなく、でもなんとなくトーストとかを食べる気にならずカレーうどんにしようと思う。冷蔵庫を開けると一昨日の豚汁があったのでそこにカレーとうどんをぶち込んで片栗粉を混ぜたら一瞬で出来上がった。これが美味い。

窓の外を見るともう雨は上がっていて、桜の木から花びらが散っている。頭がぼーっとするので少し昼寝をして、以前から行こうと思っていた雑貨屋に行こうとして自転車に乗る。けれど場所がうろ覚えで見つけられず、結局いつもいく川沿いのコンビニでコーヒーとドーナツを買って河原で食べる。花見客がたくさんいて、その上空をトンビが旋回している。前にトンビに食べかけのメロンパンを奪われたことがあって、それ以降ほかの人の周りをトンビが旋回しているのを見ると「あーあの人たち狙われてるな」と思いながら眺めてしまう。

明日は毛布を洗濯しようと思っていて、その時使う洗濯ネットを商店街の100均に買いにいく。なぜかちょっと店内が犬臭いスーパーに、ネギが安く売っていたので買う。野菜を買う時、普段買わない野菜を買ってちょっといつもと違った料理をつくって…みたいな想像をたまにするのだけれど、だいたい買う野菜は決まっている。レギュラー選手は玉ねぎと人参で、だいたいカレーか味噌汁か豚汁とかになる。

この間久しぶりに『古畑任三郎』を見返して『vs SMAP』を無性に見たくなっていたので、在庫のあるTSUTAYAに向かおうと思う。けれどちょうど雨が降り出していて、雨雲レーダーを見るとしばらくは雨だ。近くの肉屋で揚げたてコロッケを60円で買って食べる。「好きな食べ物何?」と聞かれるといつも困るけれど、ああ肉屋の揚げたてコロッケは好きだと気がつく。あとは最近気づいたのは飲み屋が好きだ。どちらかというと雑多な、赤提灯系の飲み屋がよくて、かっちりしたおしゃれなお店は苦手だ。なんでかなーと理由を考えてみたら、たぶん僕はお酒を飲んで徐々に理性がゆるくなって自分がダメになっていく感じの過程が好きで、だから雑多な感じの店が好きなのだと思う。美味しい店は見つけられたらそれは嬉しいけれど、特別グルメなわけではない。お酒を飲んで、ダメになっていく過程がいいんだなと思う。

結局雨に降られながらDVDを借りて帰ってきた。今日の間に、2件の予定の出欠を連絡しないといけなくて気が重い。ひとつは結婚式の二次会。もうひとつは学生時代の同期が集まるキャンプ。二次会はあまり行く気がしなくて、もう別にいいかなと思う。会費の4,000円があればテイ・トウワとかどついたるねんとか笹口騒音のアルバムが買えるではないかとか思ってしまう。キャンプも少し前は行きたい感じがあったけれど、これも別にいいかなという気もしている。今回を逃すとひょっとしたら一生いく機会のない場所のような気がするけれど、こういう理由でいくとだいたい楽しめないのでやめておこうかなとも思う。行ったら行ったで楽しいのかもしれないけれど、あんまり気が進まない。前に大学の同期で集まった時は結果的には楽しかったのだけれど、今回はメンバー的に根本的にはちょっと合わない顔ぶれなのかなと思う。もちろん話せば楽しいのだろうけれど、みんなだいたい帰国子女系の人たちなので、どことなくついていけない感が生まれることが多い。ここまで書くともういいかという気がしてくる。

残っていたゴボウで炊き込みごはんでもして、ネギで味噌汁でもして、『vs SMAP』を見ようと思う。

4月12日

今日は休日出勤したぶんの振替休日だ。

何日か前から台所の換気扇から油のようなものがポタポタと落ちてきているのに気がついていたので、この日に掃除しようと思っていた。蓋を外してみたけれどどうにも丸ごと掃除できる感じはしなかったのでとりあえず目に見える油だけ拭き取った。また落ちてくるようなら大家さんに相談しようと思う。

再配達指定していたコーヒーの生豆が思いのほか早く届いた。服とシーツを洗濯して、冬物のニットを手洗いして、朝ごはん食べて掃除して、自転車のメンテをしてコーヒーをフライパン焙煎していたらもう11時になっていた。

友人がやっているのを真似して、1年前くらいから生豆を買ってコーヒーを鉄のフライパンで焙煎している。この方法がいちばん安くて美味しくコーヒーが飲める。自分の場合は月に1回200gぐらいを焙煎すればいいので、あまり手間とも感じない。唯一気にかかるのは焙煎するたびにものすごい量の煙が出ることで、うちのワンルームの換気扇では煙を吐き出しきれなくていつも部屋が煙だらけになる。よく今まで火災報知器が鳴らなかったな、と思っていたけれどどうやらスイッチが切れていたらしい。今日報知器を掃除して取りつけしなおしたらガンガン鳴った。

汁物が食べたい、と思ってラーメンをつくって食べて、昼を過ぎて日差しが出てきた。タバコを吸いに近くのコンビニに行った帰り、住んでいるマンションの清掃業者のおじさんとすれ違った。曰くこの春で5人が退去したそうだ。なので僕の住んでいる部屋の隣も、下も空き部屋になったらしい。ついこの間まで当たり前にいた人たちが気づいたらいない、というのはちょっと奇妙な感じだ。別に特別親しくもなく、何度か顔を合わせただけだけれど。

Perfume主演の『パンセ』をまだ見れていない。関西は放送が日曜の深夜で、夕食もお風呂も済んだ時点で放送まで5時間くらいあったので諦めて寝てしまった。うちのテレビは録画機能がないのでリアルタイムに見るしかない。YouTubeを検索してみたらたくさんアップロードされていたので、結局それを見ることにした。もうテレビの放送時間に合わせて過ごすというライフスタイルは昔のものになったのかもしれない。

この間YouTubeをふらふらとみていたら、ECDのドキュメンタリーを見つけた。『君といつまでも』のPVは前に見ていたし『加山雄三の新世界』は買うかどうか迷って結局買っていないのだけれどぐっと来てしまった。このドキュメンタリーを見てからPVを見るとすごく良く見える、というのはちょっと後ろめたさもある。人が死に向かっていくことそれ自体を消費しているような感じもして、けれどNujabesrei harakamiDEV LARGEフジファブリック志村正彦)もちゃんと聞いたのは彼らが亡くなったと知った後だった。というようなことをトイレで考えていて、けれど消費している感じがして後ろめたい、ということ自体がおこがましい気がする。これをきっかけにいいなと思った。ただそれだけのことだ。

lutemedia.com

 昨日は雨と風で桜が散るかと思ったけれどまだ咲いている。うっすら吹く風にちらちらと桜が落ちていくけれどまだ綺麗なままだ。

そしてこれをきっかけに原曲を聞いた。ええ声してはる。

「幸せだなあ」はこの曲が元だったのか。知らなかった。

どうやら春になった

久しぶりに予定のない土日だった。

3月はほとんど何をしていたか覚えていなくて、改めて手帳を見返していたら休日出勤、二日酔い、友人と企画した催し、という感じで何かしら詰まっていた感じだった。昨日も友人宅で開かれるイベントに行こうかと思ったけれど気が乗らず、街に出てジャケットを2着も買ってしまった。

もともと仕事で着るジャケットを探していたのだけれど、2着も買う予定ではなかった。いろいろお店を巡って、ちょうど良さそうなものを1着買って、けれど前の店でほぼ一目惚れだったジャケット、ちょっとカジュアルすぎるそのジャケットのことが忘れられず、帰りかけたのに結局引き返して2着目を買ってしまった。

今日は酒屋に空き缶を持って行って(ポイントがもらえる)、髪を切りに行って、パスタを作って遅い昼食を食べてけれど小腹が空いていて、牛乳を買ってきてパンケーキを作って食べてうとうとしたりしていたらこんな時間になってしまった。読もうと思っていた本がぜんぜん読めてない。大したことをしていないのに、1日の終わりになると肩や腰のあたりが疲れていて、ストレッチして伸ばしたいなーと思う。

ようやく春らしくなってきた。川沿いにはシートを広げている人たちがたくさんいて、けれど桜はまだ咲いていなくて、やっぱりお花見というのは昼から飲む口実なのだなーと思う。ビール片手に談笑するおじさんおばさんは楽しそうだ。

春になるは嬉しいのだけれど、鼻水とくしゃみがひどい。あんまり症状が出ないなーと油断していたら、出来すぎているくらいにこの春めいた日に症状がどっと出た。

そういえばハードオフビーツがアップされていて嬉しい。毎週アップされるらしいのでしばらく楽しみ。

 

この1週間のこと

先週は休日出勤の振替があって、木曜・金曜と休みだった。木曜の夜に人と会ってけっこう長時間飲んで、かなり久々に二日酔いになってしまった。金曜は金曜で夜に別の人と会う予定があったのだけれど食欲は回復しておらず、アルコールは抜けたけれど頭がぼーっとして、うどんを食べるのが精一杯な感じだった。だから土曜日は二日酔いは治ったもののなんとなく調子が出ず、家でテレビをぼーっと眺めながら布団の中で過ごしていた。

日曜日、ようやく調子が戻ってきたので早川義夫のコンサートに行った。会場は前から行きたいと思っていた旧グッゲンハイム邸。ここは神戸の塩屋という場所にある異人館で、まわりは小さな路地と坂と商店のならぶ小さな町だ。この土地の感じは数年前に訪れた尾道の感じに似ていて、僕は狭い路地とちょっとした坂と、坂を登って振り返ると海が見えるような土地が好きなのかもしれない。

コンサート自体もよかったのだけれど、僕はどちらかと言うと歌よりもエッセイの方が好きなのだなと思った。彼の曲自体はほとんど聞いていなくて、こんな文章を書くような人はどんな歌を歌うんだろうという興味と、けっこうなお年なので生で見れるうちに見ておきたいといった気持ちで参加した。曲名は忘れたけれど「お父さん」の出てくる曲がよかった。やっぱりこの人はいくつになってもいやらしくて、でもそれを出せてしまうのがカッコよく見えてしまって、そういうのがいいんだと思う。終演後に帰ろうかなと思ったらサインと写真撮影の列ができていて、ちょっと迷ったけれど会場を一度出て引き返して列に並んだ。こういう小規模の会場でのコンサートなら、終わった後サインくらいもらえるかもしれない、と思って文庫本をカバンに入れてきていたのだった。酒が入っていたのも手伝ってコンサート中ちょっとうとうとしたのに、サインもらうなんてちょっと違うかなと思いながら、けれど今を逃したらいつ会えるかわかんないな、と思って結局サインをもらった。僕の前に並んでいる女性に早川さんは見覚えがあったらしく、「ちょっと待ってて、後で話そうよ」と声をかけているのを見て本当に女好きなんだなと思った。この女性、確かに僕もコンサート中ちょっと素敵だなと思っていた人で、エッセイではこの人の女好きな感じを他人事として共感できていたのだけれど、だからその人に普通に声をかけてしまえる感じを目の前で見てちょっと嫉妬した。いいなあ。あの年になっても、きっと楽しいんだろうなあ。

この日は昼も夜も外でカレーを食べてしまって、これは二日酔いの反動でとにかく味の濃いものを食べたかったのだと思う。月曜日になっても食欲自体はあまり回復していなくて、そうこうしているうちに風邪気味になってしまった。つい一昨日くらいまではその感じが続いていて、今日ようやく喉の痛みも消えて食欲も普通に戻ってきた。普段は気付かないけれど、体の調子の悪さを感じず、食欲もあるということがありがたい。

今日はずいぶん暖かくて、このまま春になってほしいなとやはり思う。

映画『ラ・ラ・ランド』を観てきた。

ネット上では賛否両論いろいろあるようで、ジャズ好きとかミュージカル好きからするとあり得ない設定とか演出があるようだけれど、僕はそのあたり詳しくないのでよく分からない。個人的な感想としては、観てよかった。

オープニングの大渋滞から大勢の人が踊りだすシーンは見ていてなぜかちょっと涙が出たのだけれど、ミアが彼氏との食事を抜け出してセバスチャンに会いにいくシーンがとてもよかった。僕はミュージカルがどちらかというと苦手で、さっきまで普通に会話していた登場人物が急に踊ったり歌ったりするのについていけなくなってしまう。けれどこのシーンは「ミアには本当にそういう風に聞こえている」という感じがする。

レストランでミアと彼氏とその兄(だったか)が食事している最中、画面は彼氏や彼氏の兄の手元にぐっと寄るカメラワークになる。これは距離感からすると恐らくミアの食事中の目線で、セバスチャンとの約束が気になってどこか会話に集中できないミアを想像させる(会話している兄と目線が合わず「上の空」という感じがする)。そのあとセバスチャンが弾いていた曲(だったか)が流れ始め、カメラは店のスピーカーを捉える。ミアはスピーカーに釘付けになったかと思うと席を立ち、意気揚々と通りを歩いてセバスチャンの待つ映画館へ向かう。

「曲は、実際にレストランのスピーカーから流れていたのか」は分からない。その後もミアが通りを歩くシーンでもその曲は流れ続けている。だから僕たちはその曲を、ミアのわくわくした心境を表現するために、映画の作り手が劇中のBGMとして挿入したものと理解することもできる。けれどそもそも「ミアには実際に曲が聞こえていたのか」もわからない。ミアは確かにスピーカーに目線を遣ったように見えるけれど、ミアにはある意味で幻聴にも近いものとして曲が聞こえていて、居ても立ってもいられなくなったという風にも見える。

もし、この「曲がスピーカーから流れ、それをミアが聞いたように見える演出」がなければ、僕たち観客にしか(劇中のBGMとして)聞こえていないはずの曲に合わせてミアが急に踊り歌い出したという風に見えて、僕はそこにズレを感じてしまうだろうと思う。画面の向こうにいたはずの相手が急にこっちに飛び出してきてくるから、おお、そっちにいたんちゃうんかい。急にびっくりするやんか!と言いたくなる。

だから曲が一度レストランのスピーカーを経由することで、その曲が、僕たち観客が映画館で聞いているBGM、劇中のレストランのスピーカーから流れている曲、ミアの中で(幻聴のように)聞こえているもの、その「いずれか」ではなく「全部」であると感じられる。ミアの高ぶった気持ち、スピーカーから流れる曲、BGM、それらの境目が曖昧になって、劇中のミアと観客との気持ちのズレがなだらかになるように思える。

僕たちの日常の中では、急に大通りで踊りだしたり1曲まるまる歌い切ったり、それに周りの人が急に加わったりすることはほとんどない(だから、フラッシュモブみたいなものがサプライズとして成立するのだと思う)。ミュージカル映画でこういうシーンだけを見ると「いやいや、なんでなん」と突っ込みたくなるのだけれど、日々の生活の中でちょっと歌を口ずさみたくなったり、嬉しくて足取りが軽やかになることならある。そういう時は「幻聴」に近いのかもしれないけれど頭の中に何か音楽が流れているといえるのだろうし、ダンスを踊っているのだともいえる。そういうちょっとした気持ちの動きみたいなものを、ミュージカルは増幅して見せてくれるものなのかもしれない。

ここに書いたようなことは、この映画独自のことなのか、ミュージカルでは当たり前のことなのかは分からない。けれど少なくともミュージカルを見てなんとなく気恥ずかしさみたいなものを感じてしまうことの多かった僕からすると、とても新鮮な体験でした。