jibun09の日記

長々とした日記を書いています

どうやら春になった

久しぶりに予定のない土日だった。

3月はほとんど何をしていたか覚えていなくて、改めて手帳を見返していたら休日出勤、二日酔い、友人と企画した催し、という感じで何かしら詰まっていた感じだった。昨日も友人宅で開かれるイベントに行こうかと思ったけれど気が乗らず、街に出てジャケットを2着も買ってしまった。

もともと仕事で着るジャケットを探していたのだけれど、2着も買う予定ではなかった。いろいろお店を巡って、ちょうど良さそうなものを1着買って、けれど前の店でほぼ一目惚れだったジャケット、ちょっとカジュアルすぎるそのジャケットのことが忘れられず、帰りかけたのに結局引き返して2着目を買ってしまった。

今日は酒屋に空き缶を持って行って(ポイントがもらえる)、髪を切りに行って、パスタを作って遅い昼食を食べてけれど小腹が空いていて、牛乳を買ってきてパンケーキを作って食べてうとうとしたりしていたらこんな時間になってしまった。読もうと思っていた本がぜんぜん読めてない。大したことをしていないのに、1日の終わりになると肩や腰のあたりが疲れていて、ストレッチして伸ばしたいなーと思う。

ようやく春らしくなってきた。川沿いにはシートを広げている人たちがたくさんいて、けれど桜はまだ咲いていなくて、やっぱりお花見というのは昼から飲む口実なのだなーと思う。ビール片手に談笑するおじさんおばさんは楽しそうだ。

春になるは嬉しいのだけれど、鼻水とくしゃみがひどい。あんまり症状が出ないなーと油断していたら、出来すぎているくらいにこの春めいた日に症状がどっと出た。

そういえばハードオフビーツがアップされていて嬉しい。毎週アップされるらしいのでしばらく楽しみ。

 

この1週間のこと

先週は休日出勤の振替があって、木曜・金曜と休みだった。木曜の夜に人と会ってけっこう長時間飲んで、かなり久々に二日酔いになってしまった。金曜は金曜で夜に別の人と会う予定があったのだけれど食欲は回復しておらず、アルコールは抜けたけれど頭がぼーっとして、うどんを食べるのが精一杯な感じだった。だから土曜日は二日酔いは治ったもののなんとなく調子が出ず、家でテレビをぼーっと眺めながら布団の中で過ごしていた。

日曜日、ようやく調子が戻ってきたので早川義夫のコンサートに行った。会場は前から行きたいと思っていた旧グッゲンハイム邸。ここは神戸の塩屋という場所にある異人館で、まわりは小さな路地と坂と商店のならぶ小さな町だ。この土地の感じは数年前に訪れた尾道の感じに似ていて、僕は狭い路地とちょっとした坂と、坂を登って振り返ると海が見えるような土地が好きなのかもしれない。

コンサート自体もよかったのだけれど、僕はどちらかと言うと歌よりもエッセイの方が好きなのだなと思った。彼の曲自体はほとんど聞いていなくて、こんな文章を書くような人はどんな歌を歌うんだろうという興味と、けっこうなお年なので生で見れるうちに見ておきたいといった気持ちで参加した。曲名は忘れたけれど「お父さん」の出てくる曲がよかった。やっぱりこの人はいくつになってもいやらしくて、でもそれを出せてしまうのがカッコよく見えてしまって、そういうのがいいんだと思う。終演後に帰ろうかなと思ったらサインと写真撮影の列ができていて、ちょっと迷ったけれど会場を一度出て引き返して列に並んだ。こういう小規模の会場でのコンサートなら、終わった後サインくらいもらえるかもしれない、と思って文庫本をカバンに入れてきていたのだった。酒が入っていたのも手伝ってコンサート中ちょっとうとうとしたのに、サインもらうなんてちょっと違うかなと思いながら、けれど今を逃したらいつ会えるかわかんないな、と思って結局サインをもらった。僕の前に並んでいる女性に早川さんは見覚えがあったらしく、「ちょっと待ってて、後で話そうよ」と声をかけているのを見て本当に女好きなんだなと思った。この女性、確かに僕もコンサート中ちょっと素敵だなと思っていた人で、エッセイではこの人の女好きな感じを他人事として共感できていたのだけれど、だからその人に普通に声をかけてしまえる感じを目の前で見てちょっと嫉妬した。いいなあ。あの年になっても、きっと楽しいんだろうなあ。

この日は昼も夜も外でカレーを食べてしまって、これは二日酔いの反動でとにかく味の濃いものを食べたかったのだと思う。月曜日になっても食欲自体はあまり回復していなくて、そうこうしているうちに風邪気味になってしまった。つい一昨日くらいまではその感じが続いていて、今日ようやく喉の痛みも消えて食欲も普通に戻ってきた。普段は気付かないけれど、体の調子の悪さを感じず、食欲もあるということがありがたい。

今日はずいぶん暖かくて、このまま春になってほしいなとやはり思う。

映画『ラ・ラ・ランド』を観てきた。

ネット上では賛否両論いろいろあるようで、ジャズ好きとかミュージカル好きからするとあり得ない設定とか演出があるようだけれど、僕はそのあたり詳しくないのでよく分からない。個人的な感想としては、観てよかった。

オープニングの大渋滞から大勢の人が踊りだすシーンは見ていてなぜかちょっと涙が出たのだけれど、ミアが彼氏との食事を抜け出してセバスチャンに会いにいくシーンがとてもよかった。僕はミュージカルがどちらかというと苦手で、さっきまで普通に会話していた登場人物が急に踊ったり歌ったりするのについていけなくなってしまう。けれどこのシーンは「ミアには本当にそういう風に聞こえている」という感じがする。

レストランでミアと彼氏とその兄(だったか)が食事している最中、画面は彼氏や彼氏の兄の手元にぐっと寄るカメラワークになる。これは距離感からすると恐らくミアの食事中の目線で、セバスチャンとの約束が気になってどこか会話に集中できないミアを想像させる(会話している兄と目線が合わず「上の空」という感じがする)。そのあとセバスチャンが弾いていた曲(だったか)が流れ始め、カメラは店のスピーカーを捉える。ミアはスピーカーに釘付けになったかと思うと席を立ち、意気揚々と通りを歩いてセバスチャンの待つ映画館へ向かう。

「曲は、実際にレストランのスピーカーから流れていたのか」は分からない。その後もミアが通りを歩くシーンでもその曲は流れ続けている。だから僕たちはその曲を、ミアのわくわくした心境を表現するために、映画の作り手が劇中のBGMとして挿入したものと理解することもできる。けれどそもそも「ミアには実際に曲が聞こえていたのか」もわからない。ミアは確かにスピーカーに目線を遣ったように見えるけれど、ミアにはある意味で幻聴にも近いものとして曲が聞こえていて、居ても立ってもいられなくなったという風にも見える。

もし、この「曲がスピーカーから流れ、それをミアが聞いたように見える演出」がなければ、僕たち観客にしか(劇中のBGMとして)聞こえていないはずの曲に合わせてミアが急に踊り歌い出したという風に見えて、僕はそこにズレを感じてしまうだろうと思う。画面の向こうにいたはずの相手が急にこっちに飛び出してきてくるから、おお、そっちにいたんちゃうんかい。急にびっくりするやんか!と言いたくなる。

だから曲が一度レストランのスピーカーを経由することで、その曲が、僕たち観客が映画館で聞いているBGM、劇中のレストランのスピーカーから流れている曲、ミアの中で(幻聴のように)聞こえているもの、その「いずれか」ではなく「全部」であると感じられる。ミアの高ぶった気持ち、スピーカーから流れる曲、BGM、それらの境目が曖昧になって、劇中のミアと観客との気持ちのズレがなだらかになるように思える。

僕たちの日常の中では、急に大通りで踊りだしたり1曲まるまる歌い切ったり、それに周りの人が急に加わったりすることはほとんどない(だから、フラッシュモブみたいなものがサプライズとして成立するのだと思う)。ミュージカル映画でこういうシーンだけを見ると「いやいや、なんでなん」と突っ込みたくなるのだけれど、日々の生活の中でちょっと歌を口ずさみたくなったり、嬉しくて足取りが軽やかになることならある。そういう時は「幻聴」に近いのかもしれないけれど頭の中に何か音楽が流れているといえるのだろうし、ダンスを踊っているのだともいえる。そういうちょっとした気持ちの動きみたいなものを、ミュージカルは増幅して見せてくれるものなのかもしれない。

ここに書いたようなことは、この映画独自のことなのか、ミュージカルでは当たり前のことなのかは分からない。けれど少なくともミュージカルを見てなんとなく気恥ずかしさみたいなものを感じてしまうことの多かった僕からすると、とても新鮮な体験でした。

近況

Spotifyがものすごく便利。格安sim生活なのでPCへのダウンロードを後回しにしていたのだけど、昨日スタバのwifiでダウンロードを完了した。PC版だとアルバム順に再生できるからもう普通に聴けてしまう。ララランドのサントラにSeiho、電気グルーヴ土岐麻子にBiSに、すごいことになっている。

 

ララランド、この間3月1日に見に行った。ネット上では賛否両論いろいろ言われていて、僕としては観てよかった。またちゃんと感想を書きたい。

 

昨日はバレンタインに職場の女性陣からまとめてもらったチョコのお返しをどうしようか悩んで、なんだか動けない感じになっていた。同僚の男性(同じ部署では超少数)に相談したりしたのだけれど、結局上司が音頭をとって男性陣からもまとめて返すことになり、悩む要素がなくなった。なんだか、悩んだわりにあっさりと解決した。

 

そういえばテレビが家にやってきた。ずっとこの1年、テレビなくても問題ないなと思っていたのだけれど、カルテットとか、ねぽりんぱぽりんとか、タラレバとか、観たいなあと思う番組が目につくようになってきて、Twitterでつぶやいたら友達からもらえることになった。いざ届いてみると録画機能がないところはちょっと物足りなくて、だから目当ての番組があるときはテレビの前に時間を合わせて鎮座しないといけない。実家のテレビとかだと録画して都合のいい時間に観ることが当たり前だから、ちょっと珍しい体験だと思う。

 

Perfumeがドラマをやるらしい。しかも脚本は木皿泉だ。朝からTwitterで速報を見て声を上げてしまった。あの3人がドラマをやるということももちろん驚きなのだけれど、なんせ木皿泉だ。数年前に友達から教えてもらった「すいか」がすごく好きだった。ほかの作品も機会があれば見てみたいのだけれど、とにかく驚いた。これこそ放映1日目に予定が入るかもしれず、録画して観たい。HDDほしい。

 

物欲というのには波があるなあと最近思っていて、このところ再熱している。テレビ、HDDに続いて、あとスピーカー。今の格安スマホは音質が良くない。あとホットサンドメーカー。朝ごはんにしばらく食パンを買っていたけれど、寒くなってから食べる気がしなくなっていた。フライパンで炙って食べてもいいのだけれど、あまり美味しくない。でもそのくらいか。あとはネット環境を整えたい気もしている。格安simだけの生活もそこまで不自由してないけれど、やっぱりドラマとか映画の配信を観ようと思うと安定した速度で上限のない環境にしたいなとか思う。

 

あとは最近人によく会っている。あまり詳しくは書かないけれど、新しく会う人が多い。僕は多分、自分で言うのも変だけれどある程度相手を気持ち良くさせる話し方と話の聴き方みたいなのを心得ていて、それがそこそこできてしまう(仕事柄も影響していると思う)。だから大抵相手は嫌な顔はしないし、好印象が残るのだろうと思う。帰り道に「独りよがり」という言葉について考えていて、確かにこうして人に会うのは楽しいけれど独りよがりになれる時間がほしいなと思いながら帰ったのだった。書いているときは独りよがりになれる。

 

しばらくこのブログを更新していない間に、気になる女の子に会いにわざわざ東京まで行ったけど何もなかったとか、大学の同期の結婚式で昔の彼女と再会して一緒に帰って何とも言えない気持ちになったとか、いろいろなことがあった。こういうことをフィクションかどうかの境目みたいな感じで書けたら楽しいだろうなと思う。けれどけっこう勇気がいるよなあと思いながら、ちょっと小出しにしてみた。

 

早く春になってほしい。

風邪気味の体を押して結構力を使って書いた文章の下書きが消えた。

同じ文章はもう二度と書けない。

夜を使いはたして

夜を使いはたして feat. PUNPEE -STUTS - Pushin' Release Party - YouTube

最近というか昨日の晩からこればっかり聴いている。

同じ曲を何回も何回もリピートすることはこれまでにもあって、NujabesのLuv(sic)Part4やtofubeatsの水星がそうだった。iTunesの再生時間がこの辺の曲だけ桁が違う。 

たぶんループするドラムの感じの心地よさとボーカルの癖みたいなのにハマるとずっと聞いていてしまうのだと思う。

この曲はタイトル通りやっぱり夜中に聴くのがよくて、昨日は家でチューハイ飲みながらずっとかけていた。 

今夜から車で大学の友人と横浜に行く予定で、なんかどうしても気分が乗らなくて鬱々としていたのだけれどこの曲聞きながら夕方外に出たらなんか楽しくなってしまった。街に出て前から手に入れようと思っていたニットキャップを買って、カフェに来てコーヒー飲んでる。

ぼくには人に会いたい周期というのがとうやらあるみたいで、この一年くらいは会いたい周期だった。けれど最近もうなんか篭りたいというか、昔のつながりで顔を合わせたりするのが煩わしくなってきて、だから今夜の集まりもちょっと気が重かった。

横浜で合流予定のメンバーは結婚してたり子どもがいたりして、学生時代はあんまり深く付き合わなかった顔ぶれで、今さら会って何話せばいいんだよ、と思っていた(今でもちょっと思っている)。

そもそも車で横浜なんて事故ったらやだなとかそういうことも思うけどまあそういうのも含めて楽しむかという感じになったのはこの曲聴いたからだと思う。

夜を使いはたして適当に遊んでいきましょう。

案とヒントとかブンブンうなるベースとか、クラシックで最高。

 

友人が次々と結婚していく。

ついこの間までは、主に女の子の結婚ラッシュだった。大学を出てすぐの頃と、一昨年から去年にかけてがそうだった。

けれど今年は男だ。しかも学生時代から一番ゲスい話しかしていなかったような仲間連中が次々と結婚していく。

だいたいそのメンバーはぼくを入れて5人くらいで、みんな30前後なのでまあ考える年代といえば年代なのかもしれない。2年くらい前に会ったときは「結婚はまあまだ先かな〜」的な雰囲気はなんとなく共有していたのだけれど、その場所が丸ごとなくなってしまったような感じだ。この2年はお互いなんとなく連絡を取り合っていなくて、その間に同棲したり付き合ったり各自色々と話が進んでいたらしい。

ぼくはどちらかと言うと結婚はまだ先かなと思っていて、けれどこうも周りが結婚していくとさすがに羨ましいなあ、いいなあという感じがする。でもこれは流行りのゲームをプレイできていいなあ、自分も輪に入りたいなあとか、そういう感じに近いのかもしれない。

今月結婚した友だちの二次会の幹事をやって、岡村靖幸の『結婚への道』を紛れ込ませたのだけれど、これは自分で読みたかったやつだ。

結婚ってなんなんだろうか。結婚式前後も実は関係が不穏で式から数ヶ月後に離婚した友だちもいるし、何年も一緒に住んでもう籍を入れたとか式をあげたとか関係なく一緒に生きている友だちが今さら自宅で結婚式をしたりしていた。

「結婚」という何か大きなものが自分の外にあるうちは、それを持ってる人を羨ましく思ったり自分も欲しいなあと思ったりするのだろうなと思う。その延長で「結婚」を手に入れようとすると何か間違えそうな気がするので、いいなあ羨ましいなあと思いながら、自分は自分のペースでやれたらなと思う。