jibun09の日記

長々とした日記を書いています

ソワレ、ウイスキーコーヒー、遭難フリーター

京都の喫茶店ソワレに来ている。次の休みは部屋探しでもしよう、とか思っていたのに結局掃除して洗濯してネットみてオムライスつくって昼寝してたらもう3時だった。なんか外に出たくてここに来た。
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ウイスキーコーヒーというらしい。
写真が暗くて荒い。
というか店内が暗い。

カップの奥のガラスの容器にウイスキーが入っていて、ぽたぽたとコーヒーに垂らして飲む。メニューにあって何だろうと思って聞いたら「コーヒーにウイスキーをかけて香りを楽しむもの」らしい。適度にぼーっとしてきて、夕方のこのどうしようもない時間にちょうどいい。

このあいだ仕事終わりに京都みなみ会館で「遭難フリーター」と「モッシュピット」を観てきた。劇場には地下鉄と近鉄を乗り継いでギリギリに着いた。

遭難フリーター」のほうはなんか身につまされる感じだった。仙台から東京に憧れて埼玉に出てきた岩淵監督(当時20代前半)が派遣労働者として工場で働く生活を自分で撮影したものだ。
初公開はだいたい10年前で、当時のニュース映像がたびたび挿入されるけど今よりも世間的には非正規労働者の「存在そのもの」が問題にされてる感が強かった。劇中に出てくるおじさまが監督に向かって「そんなんじゃ企業の奴隷だ」「この先どうするんだ」って檄を飛ばすシーンは観ててきつかった。少し状況は違うけど自分もリタイア後のおじさまから似たようなことを言われたことがあったのを思い出した。
監督を取材しにきたNHKの記者も印象的だった。「勝ち組」として描かれる彼は「なんでこの仕事してるんだろうってしょっちゅう思う」「9時5時で帰れる仕事に就いたほうがよかったのかな」と言い、監督に劇中のナレーションで突っ込まれる。「勝ち組じゃなかったのかよ」「俺は誰に負けた?」

こういう記事を読んだ。
社会的な地位みたいなものは、自分が触れてる情報とか一緒に過ごしてる人によって感じ方は変わってくるものだろうなと思う。普段生活してる分にはなんとも思わなくても、Facebookばかり見てると精神的に不安定になったりするのはそれが理由だと思う。本文中にもあるように、同じような価値観の人とだけ付き合っていたらあまり気にならないのかもしれない。でも厄介なのは「同じような価値観」の人が集っていたとしても結局、その中での序列みたいなものはどうしても生まれてきてしまって、嫌でも自分の地位みたいなものがちらついてしまう。

映画のラストシーン、夜通し東京の街を南に向かって歩いた監督は、行き着いた海岸でつぶやく。「とりあえず南に行こうと思って歩き出したら海に着いた」「着いたらからといって何があるわけでもないけど、とりあえず来れてよかった」「帰ります」

この「来れてよかった」という感じがどうして生まれたのかは、きっと監督にしかわからない。誰でも夜の東京を夜通し歩いたら何か掴めるかというとそうではない。でもこの「よかった」みたいな感覚自体は分かる気がする。結局「南に行こうと思った」「雨が降っているので歩き続けるしかない」みたいな、周りから見たら理解しにくかったり理由の説明しにくいようなことでしか、確かな実感みたいなものは得られないのだと思う。

こういうことは前の仕事を辞めた時に散々考えて結論が出たような気になっていたけど、環境が変われば簡単に揺らいでしまうなとつくづく思う。前は映画や音楽や漫画がなくても全然大丈夫な時期だったけど最近そうでもなくてコンテンツ消費欲が高いのもそういう変化かもしれない。

ウイスキーコーヒーのせいかダラダラ書いてしまった。モッシュピットのことも書こうかと思ったけどまた気が向いたら。

今日は完全に二日酔いだった。家でウイスキーのボトルを半分くらい飲んでいて、朝9時の時点でまだ酔っていた。「うー」とか「きついー」とか一人で呻きながら寝たり起きたりして昼の3時頃にようやく酒が抜けた。

ぼーっとする頭でTwitterを覗いてたらこんな記事を見つけて

構造主義で作るおいしいカレー - 快適な生活

スパイス買ってきて作った。 

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うまい。

 

今日は前に働いた職場の同僚の人と仕事終わりに飲みに行く予定があって、木屋町にきた。待ち合わせは19時半だったけど20時くらいになるということだったので、フランソアという喫茶店に行った。平野勝之氏がTwitterでつぶやいていて知った店だ。店内の雰囲気と店員さんの制服の雰囲気がマッチしていてタイムスリップしたような感覚になるけど、店員さんから明らかに「大学生のバイトです」感が出ていてなんだかそのギャップがおもしろかった。店の中は落ち着く感じで、ブログを一本書いた。

元同僚の人と合流して、沖縄料理の店で飲む。今の仕事の話とか前の職場の話とか、趣味の話とかいろんな話をした。その人はぼくよりたぶん20くらい年上で、というのもちゃんと年齢を聞いたことがなくて、とにかくぼくより年上だ。その人も職場をこの春に辞めていて、同じ業界で仕事をしてきていまどういうことを考えているのかとかを聞いてみたかった。

話を聞いてると、「このままでいいんだろうか」とか「仕事にぐーっと打ち込めるといいだんけど、そういう感じでもない」みたいな、ぼくも今まさに言っているようなことが普通に出てきて、ああ年齢とか関係なく、そういう状況というのは起こるんだなということをなんとなく感じた。

泡盛を飲んで、駅で別れた後一人木屋町をぶらぶら北上して三条京阪の駅から帰った。四条から乗ってもよかったけど、なんかまっすぐ帰りたくなくてぶらぶら歩いた。夜の街の猥雑な感じはわりと好きだ。客引きのツンツンしてる感じの黒い男がいて、露出の多い気だるそうな女がいて、ふらふらになって歩くおじさんと若者がたくさんいる。その合間を縫って、素面な気分で歩く。

コンビニに寄ってコーンスープを買って、帰ってきていま飲んだ。

雀と鳩と鴉

昨日川沿いでぼーっとしていたら、鳩に餌をあげてるおじさんがいた。チューハイ片手にスナック菓子を地面に蒔いて、踏んで潰して鳩の口に入るサイズにしていた。そこにおじさんの知り合いらしき人がやってきて、おじさんは去って行った。

地面には潰されたお菓子と潰されてないお菓子が転がっていて、そこに鴉がやってきた。鴉はクチバシが大きいので潰れてないサイズのも食べられる。でかい身体を揺らしながら、一気にふた粒くらい咥えていく。鳩はというとちょっと居づらそうにはしているけど、初めから鴉の狙っているサイズのは眼中にない。小さいサイズのだけクチバシでつついている。

そこに雀がやってきた。雀は雀で、鳩が食べてるのよりさらに小さい屑をつついてまわっている。図体のでかい鴉と、中くらいの鳩と、小さい雀がぴょんぴよん跳ねながら餌をつついている。なんか月並みだけど、ああ、それぞれの分というか生きる場所があるんだなあと思った。

鳩はたぶん、もっと大きいサイズのを食べれた方がよかったのにとか、そういことは考えないんだろうなと思う。だってはじめからクチバシの大きさが違うのだから。

もちろん撒かれた餌には限りがあるわけで、クチバシの大きさでたくさん食べられたり食べられなかったりするのかもしれないけど、身体の大きさも全然違うんだからトータルではバランス取れてるんではないだろうか。

 

Facebookで大学時代に仲のよかった友人がバリバリ仕事してる様子を見てなんか憂鬱な気分になったりするけど、あーぼくらはたまたまある餌場で一緒になった鳩と鴉みたいなもんなのかもなーとかいうことを考えた。

当時は自分たちを似た者同士だと思っていて、確かにある程度似てる部分もあったのかもしれないけど、実はクチバシの大きさが全然違っていたのかもしれない。

ぼくはいまあんまりバリバリ仕事をしていなくて、でもそういう生活にちょっと憧れるというかそこまで仕事に情熱を傾けられることを羨ましく思ったりもする。自分はこの年でろくに経験も積めてないんじゃないだろうかと焦ったりもする。大学時代はあんなに通じてた感じがしたのに、自分は間違ってたんだろうかとかもっと違う生き方があったんじゃないだろうかとか思ったりする。

でも鳩と鴉だったのだとしたら仕方ないのかもれない。いやでも同じ人間だよなとも思うし、違う人間だよなとも思う。

今日は久々にからっと晴れたので洗濯。部屋のそうじをして、近所の100均にキッチンペーパーを買いに行く。ペペロンチーノを作って食べて外出。ぶらぶら歩いたら商店街に着いて古本屋に寄る。ユリイカ銭ゲバの上下巻セットがあったので買う。バスで移動して立誠シネマに行って、平野勝之監督作品を2本連続で観る。

ああびっくりした。さっき大学時代の友人にばったり会った。

ウイスキーでも飲むかーと思って酒屋に行って、買い物を済ませて店から出たら、なんか似てる人がいるなーと思って見ていたら、本人だった。

長崎にいたけど通っている大学院近くに引っ越してきたらしい。住んでいるのもすぐ近くで、似たような安アパートで笑った。

こんなことってあるもんだなーと思いながら帰った。

東京に行ってきた。目的はPerfumeのライブを観るためだ。

ライブは楽しかった。久しぶりに会う友人と一緒に行けることになったのもよかった。いろいろあって切ない気持ちになったりもしたけれど、それはそれで、なんだかよかった。飲みすぎてなぜかシュークリームを買って宿について一服して、翌日あてもなく歩きすぎて疲れ果てて、指定席の時間より早い自由席に乗ってやろうと改札を通ったけど駅員に聞いたらそれはできないと言われて東京駅構内で2時間待機したりした。普段は買わない新刊の漫画を買ってカフェで読んで時間をつぶした。常温になったシュークリームを駅の通路で食べた。

なんか、何でもやってみたらいいのではないかと思った。

やってみたら色々想像してたのと違うことが如実にわかって「ああーこれが現実か」って思うかもしれないし、失敗したなーと思うこともあるかもしれないけど、それだけのことだ。

日常と違う場所に来ると、そういうのが浮き彫りになってきておもしろい。